廉塾ならびに菅茶山旧宅
れんじゅくならびにかんちゃざんきゅうたく

項目
内容
分類設定
文化財
指定区分
国指定
文化財区分
記念物
文化財分類
特別史跡
時代区分
江戸時代
エリア
北部
解説
菅茶山(1748~1827年)は19歳の時、京都の那波魯道に学び、天明初年(1781年)郷里にて塾を開きました。寛政8年(1796年)に福山藩校の分校となり、公式には神辺学問所と呼ばれましたが、一般には廉塾と称しました。茶山は朱子学者で詩文に卓越し、『福山志料』の編集を行いました。
塾生は神辺・福山を中心に、遠くは四国・九州・奥羽にまで及び、頼山陽も塾頭の一人でした。今日、講堂・寮舎が茶山の居宅とともによく旧観を維持し、郷塾としては数少ない遺例です。
所在地
広島県福山市神辺町 640
指定等年月日
1953年(昭和28年)3月31日
年代
天明初年(1781年)
緯度・経度
34.544811131201, 133.38438970933Googleマップで見る
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