葛原邸(葛原勾当旧宅・葛原しげる生家)
くずはらてい(くずはらこうとうきゅうたく・くずはらしげるせいか)
項目
内容
分類設定
文化財
指定区分
市登録
文化財区分
記念物
文化財分類
史跡
時代区分
江戸時代
エリア
北部
解説
琴の名手・葛原勾当(文化9年(1812年)~1882年(明治15年))が自ら設計し建築したと伝わる居宅で、童謡作詞家であった葛原しげる(1886年(明治19年)~1961年(昭和36年))の生家。敷地内(登録範囲)には勾当の時代に建築された母屋、納屋、蔵のほか、井戸屋形、表門、土塀があり、母屋の南側には庭園が配置されている。母屋は、三室計20畳の大広間と弟子たちが稽古を待つ控室と考えられる小部屋が多いのが特徴である。
琴の名手であった葛原勾当の生活を反映した母屋などの当時の建物が残るとともに、葛原しげるの童謡作詞の素となる感性を育てた場所であり、その足跡を伝える最も適した遺跡である。
[参考]
葛原勾当は、文化9年(1812年)備後国深安郡八尋村(現在の神辺町八尋)に生まれ、3歳で失明した。その後、琴を習いはじめ、京都で琴曲の教授を受けた後、16歳から弟子の稽古を行い、特に備後・備中・備前地方を中心に琴・三味線の名手として名を馳せた。また、木版印刷用具を発明し、26歳から病没する71歳まで記した日記は、「葛原勾当日記」として1954年(昭和29年)に広島県重要文化財に指定されている。
葛原しげるは、安那郡八尋村(現在の神辺町八尋)に生まれ、東京で小学校教諭として勤めながら、童謡の創作に励んだ。作詞した童謡は4000編とも言われ、代表作のひとつ「夕日」は、彼が幼い頃にみた神辺平野の山の端に沈む夕日を表現したものと伝わり、今も地元をはじめ多くの人に親しまれている。また、全国約400校の校歌の作詞を手掛けていることでも有名である。
所在地
広島県福山市神辺町大字八尋字土井1220番1
指定等年月日
2026年(令和8年)3月26日
年代
弘化3年(1846年)
員数
830.32㎡
緯度・経度
34.566118251135, 133.41956764162Googleマップで見る
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