堂々川3番砂留

どうどうがわ3ばんすなどめ

項目
内容
分類設定
文化財
指定区分
国登録
文化財区分
登録有形文化財
種別
建造物
時代区分
江戸時代
エリア
北部
解説
堂々川は、東中条東山に源を発し高屋川に合流する延長4kmの渓流です。普段は水の非常に少ない天井川です。大雨が降ると「ドウドウドウドウ」と下流へ土砂を押し流し、なかでも延宝元年(1673年)、上流の大原池が決壊し國分寺が流出し63名の溺死者が出ました。福山藩主水野勝種は、國分寺を上流へ再建しました。1番砂留は、安永2年(1773年)以前の築造と考えられ、福山藩挙げての砂防砂留工事が開始されました。工事は、明治に入っても続き1883年(明治16年)頃完成しました。一部は大正時代(1912~1925)に入っても続行しています。砂留は、堂々川流域には16の砂留が残っているようです。江戸時代にすでに立派なものを造る技術があったと推定される貴重な史跡です。砂留の内、1~6番砂留、鳶ヶ迫砂留、内広砂留の8つの砂留が登録有形文化財とされています。
所在地
広島県福山市神辺町湯野字迫山
指定等年月日
1996年(平成8年)8月3日
年代
天保3年(1832年)頃
員数
1基
構造・法量・形式・規模・面積等
重力式石造堰堤 堤長 36m、堤高 5.5m
緯度・経度
34.568062819505, 133.39207927534Googleマップで見る
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