鞆城跡
ともじょうあと

項目
内容
分類設定
文化財
指定区分
市指定
文化財区分
記念物
文化財分類
史跡
時代区分
江戸時代
エリア
南部
解説
鞆城跡は、町の中央に位置する孤丘で、港を見下す地にあります。鞆の浦を重要視した毛利氏の命により、山田郷の渡辺氏が天文22年(1553年)この地に鞆城の前身となる鞆要害を築きました。毛利輝元は、京都を追われた足利義昭を天正4年(1576年)鞆に迎え、義昭はここに小規模ながらも「鞆幕府」を構えました。慶長5年(1600年)関ヶ原の合戦後入封した福島正則が重臣大崎玄蕃を配し三層の天守を築き、梯郭式の城郭を整えました。しかし、慶長14年(1609年))廃城。元和元年(1615年)の一国一城令で、主要な建造物は壊されました。福島氏の後をうけて入封した水野勝成は、長子勝俊の居館をここに置きおきました。勝俊が福山藩主となって以後は町奉行所が置かれ、明治維新まで鞆の管理がなされました。現在は本丸、二之丸の城郭の一部と石垣等を残すのみとなり、大部分が住宅地となっています。
所在地
広島県福山市鞆町
指定等年月日
1976年(昭和51年)7月13日
緯度・経度
34.384274210459, 133.38143531642Googleマップで見る
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